第4章『踰える』31夜
凜花さんは黒地に牡丹の絵が描かれたタイトのロングドレスを着ていた。
凜花さんが現れるとお店の空気が変わる、気がした。
なんというかキャバ嬢じゃなくて、銀座の一流クラブのホステスさんみたいな迫力がある。
「凜花ちゃんも呼ぼうか?」
畠さんが言う。
その瞬間、少しだけ胸がキリッと痛んだ。
やっぱり私じゃ、退屈なのかなと思った。
楽しい気持ちだったのは自分だけで、畠さんはそうじゃなかったんだなと思うと目頭がじわっと熱くなった。
畠さんはすぐに私の表情を汲み取って、
「どうしたの?」
と心配そうに覗き込んだ。
「なんでもないです。ただ、やっぱり私だけじゃ退屈なのかなと思って」
と、胸の内を素直に晒した。
すると、畠さんは私の手を取って、自分の太腿の上に置かせた。
私はその手が全然嫌じゃなくて、むしろ、畠さんの太腿のぬくもりやズボンの上からでもわかる筋肉に触れたことで、全身が熱くなった。
顔も真っ赤に違いない。
畠さんは真っ直ぐな目で私を見て、
「凜花ちゃんと仲良しだと思ったから呼んだ方がいいかなと思ったんだよ。僕的には瑠璃果ちゃんとこうしてたいけどね」
私は安堵と同時に更に顔が熱くなって、俯いた。
「そんなこと言われたら、すごく嬉しいですけど、おんなじくらい恥ずかしいです」
畠さんが手を重ねたまま、
「顔を上げてよ」
と言うので、私はゆっくりと深呼吸しながら顔を上げた。
ダメだ!ヤバい!私は畠さんにキスしたい衝動に駆られて、居ても立っても居られないくらい心拍数が上がってしまった。
ウソ!私、畠さんのこと、好きなの?まだ2回しか会ってないのに?おじさんなのに?
『おぎやはぎ』の矢作さんに似てるから?なに?なに?なに?この感情は!
私は残っていたウーロンハイを一気飲みして、バクバク言ってる心臓を抑えようと、畠さんの手をそっとどけて自分の胸に当てた。
「すみません、ちょっとだけ待っててください。なんだか、私、ドキドキしてしまって」
私は鼓動が落ち着くのを待った。
冷静になれと私の中の私が言う。
私を弄んだ野々村の事を思い出せ!まだ、あれから一月しか経ってないじゃない。
今は男の人に恋してるヒマなんかないのだ。
私は借金200万と野々村の顔を思い出した。
胸が風のない日の湖のように静かになった。
今度は自分から畠さんを見る。
眼鏡の奥の瞳を覗き込む。
ああ、やっぱり優しい目をしてる。ううう。
「私も畠さんとずっとこうしていたいです」
と、素直に言い、畠さんのソファに置かれた手の小指を自分の人差し指でなでた。
その時、ボーイの町山さんがテーブルに来て、
「お時間ですけど、御延長なされますか?」
と同時に畠さんのケータイも鳴って、畠さんはケータイの画面で電話をかけてきた相手を確認すると町山さんに自分の人差し指と人差し指で小さな×を作って見せて、私の方へ向き直り、
「ごめんね、今日はもう行かなくっちゃ!また来るよ」
と腰を上げた。
店の前でお見送りする時に、何とも言えない切なさがこみ上げて、思わず、
「絶対また来てくださいね!指切りしてください」
と言ってしまった。
畠さんは、
「指切りなんて久しぶりだなぁ」
と顔をほころばせて小指を絡めてくれた。
私は次に会うまでのお守りをもらったような気持ちになって、店へ戻った。