第3章『跼む』21夜
凜花さんが仁王立ちしている。
目が覚めた私が最初に見たものはそれだった。
そして、はっ!ここはどこだ!と見回す。
なんてことはない。私の部屋だった。
上から見下ろしてくる凜花さんの目がとても恐ろしい。
「お、おはようございます!」
私はきちんと正座をし直して、土下座にも近い形で頭を下げた。
「おはようじゃないわよ!今はまだ夜中の2時!あたしがどんだけ苦労してタクシーに乗っけたか、あんたわかる?」
「...わかりません」
としか、いいようがない。
「いい?よぉぉぉぉぉぉくお聞きなさい、あんたはテーブルチェンジの時に『やだー!矢作さんと飲むんだ―い!』とか『おばあちゃんの畑仕事、手伝いたいよ~』『うちの畑で採れたなすびはデカイんだよ~』とか意味不明なこと散々騒いで、畠さんにしがみついて離れようとしないし、お店の中はみんな大笑いしてるし、しかも、終電の時間だから上がってくださいって霧島さんに言われたら、あんた何したと思う?」
「...わかりません」
「覚えてないの?」
「覚えてません...」
私は凜花さんが恐くて顔を上げられないままでいる。
凜花さんは小さな声で、
「いい?踊ったのよ」
徐々にボリュームを上げてくる。
「店の中で踊ったの。山本リンダを!あんた、いくつ?『ウララウララ-ウラウララ-』って何よ!!!」
あーーーーーーあーーーーーあーーーーー!聞きたくない!
『ウララ』は前にTVで懐かし映像みたいのをやってて、その時に真似したら、おばあちゃんが喜んでくれて、それからおばあちゃん主催の宴会の時には必ずといいほど、やらされてたわけで…あーーーーあーーーー。
「畠さんはいい人だから『楽しくて可愛いなぁ』と喜んでたけどね。店には店の品位ってもんがあるのよ!わかる?酔っ払ったらなんでも許されるってもんじゃないのよ!!!」
「ず、ずみまぜん」
私はただひたすらにカーペットにおでこを擦りつけた。
そこで、凜花さんは私の前に向き直って座り(なぜか、凜花さんも正座)、私の手を取って言ってくれた。
「あのね、久しぶりにお店が盛りあがったよと霧島さん、店長は言ってくれたけどね、本当なら飲みすぎ酔っ払いはキャバ嬢としては失格なのよ、そういうの、わかる?」
急に優しい声で諭してくれる。
私はこくんと頷くしか出来なかった。
「ドリンクをおごってもらってね、全部、飲み干してたら、そりゃ酔うでしょ?ゆっくり舐めるくらいでね、そのうち、テーブルチェンジが来るからね。いい?酒は飲んでも飲まれるな!これだからね」
私は顔を上げられぬまま、こくんこくんと頷きロボットのように首を縦に振り続けた。
「もういいから、顔を上げなさいよ」
と凜花さん。
恐る恐る、顔を上げると凜花さんはいつもの凜花さんの顔に戻っていた。
「あ、畠さん、あんたがしがみついてたお客様、がね、あんたに伝言。指名がなくて困った時はいつでも何時でも連絡してってさ。すぐにお店に行くからねだって。よっぽどお気に召してもらったみたいね。
ったく、なにがよかったのか。あんた、名刺なくしてないでしょうね?」
私は慌ててカバンの中からポーチを取り出して、もらった名刺を確認した。
『高木さん』『鈴木さん』…何枚目かの、というより最後の一枚に「畠~HATAKE~」の名刺を見つけた。
私は畠さん(おぎやはぎの矢作さん似)の名刺を胸に抱いた。
「それにしてもこんなに手が掛かる娘とは思わなかったわぁ」
疲れたように、実際疲れたのだろうけど、凜花さんの声。
はっと顔を上げて、私はいつしか涙を流していた。
「見捨てないでください!!凜花さんに見放されたら私...本当にどうしたらいいかわからないんですぅぅ」
もう顔はぐじゃぐじゃだ。
「あんた、本当に馬鹿だね」
と凜花さんは優しく言った。