第2章『跳ぶ』12夜
野々村以外に部屋に来たのは凜花さんだけだった。
ビアガーデンを早々に引き揚げた私たちは2次会を考えあぐねいていた。
すると凜花さんが突然、
「あんたんち行こうよ!中野なら近いし!」
と断れない私はそれに従った。
部屋に入るなり「やっぱり女子だね!あんたらしい部屋だわ」と見回した。
雑誌に出てくるような部屋でもないし、特別何もない部屋だ。
6畳に小さなキッチン、花を飾ってあるわけでもない。
ただ、こまめに掃除はしてるから、そこが女子なのかなぁとも思った。
「何?このぬいぐるみ、汚っ!」
と凜花さんが指差したのは古ぼけたクマのぬいぐるみだった。
鼻のところがちょっと取れかかってる。
「それはお母さんとお父さんが亡くなる直前にくれた誕生日プレゼントなの」
凜花さんは「あ、ごめん」と小さく言った。
「気にしないでください。実家に置いておいてもよかったんだけど、なんかこのコがいると安心できるっていうか…」
「そうだよね。持ってるだけで安心するって、そういうもの、あるよね」
凜花さんは鞄の中ごそごそと引っかきまわして、小さなポーチを取り出した。
「あけてごらん」
言われるままに開けて取り出すと和紙に包まれた小さな包み。
さらにそれを解くと石?ううん、違う。それは小さな骨だった。
「い・も・う・と」
妹さん?
そういえば、死んだ妹に似てるって確かに聞いた。
「自殺なんだけどね、殺されたのと同じ」
殺された。。。?私は何も言えなくて俯くしか出来なかった。
凜花さんはなぜか自棄になったように、
「なんで?とか、どうして?とか、聞いてこないんだね」
「そんな悲しいこと、簡単に、興味本位じゃ聞けませんよ。話してくれるなら聞きます。でも、閉じ込めておきたいこともあるだろうし」
「あんた、馬鹿ねぇ。話したいから話し始めたんじゃないの。でも、あんた、優しいね」
凜花さんは急に両手の拳を目に当てた。
凜花さんから「うううう」という嗚咽が漏れる。
「妹も優しい子だったわ。優しくて純粋でね、あたしと違って素直でね」
嗚咽はさらに大きくなっていく。
この部屋で自分以外の鳴き声を聞くなんて。私は凜花さんの肩を抱きしめた。
「ちょっとだけ泣くね。泣き終わったらキャバクラのこと教えてあげるから、ちょっとだけ泣かせてね」
凜花さんの声があんまり切なくて私も声にならないまま、「うんうん」と頷いた。
そうやって二人で抱き合っていたら、凜花さんがパッと顔を上げた。
もう泣いてなかった。
「さて、まずは水割りの作り方!この家、お酒ある?」
えええええええーーーーっ!急変して鬼コーチみたいな顔になった。
その豹変ぶりに私は驚愕するもつい笑ってしまい、凜花さんも
「ちょい、いきなり過ぎたかーっ!ごめんごめん」
と笑った。
綺麗で明るくて怒りっぽくて泣き虫。
そして、私よりはるかに強い凜花さんについていこうと私は決めた。