第1章『躓き』第1夜
こんなことになるなんて思ってもいなかった。
私だけじゃない。私を知る人は皆そう思うに違いない。
ありふれた、どこにでもある話かもしれない。
でも、きっとそれはだれかの話で、私の物語じゃないと思ってた。
私は田舎の短大を卒業して、東京の小さな広告会社に就職した。
両親は私が幼い頃交通事故に遭い他界していたから、
私はおばあちゃんに育ててもらった。
高校を卒業したらすぐに働くつもりだったし、地元から離れるなんて考えたこともなかった。
だけど、おばあちゃんは大学進学を強く勧めてくれたし、
大学生活の中で徐々に東京へ行ってみたいと思うようになっていた。
内緒で受けた東京の会社から内定通知が届いた時、
私の胸の中はおばあちゃんとの生活と都会での一人暮らしという二つに分かれた道の真ん中で葛藤した。
「東京には行かさん」
おばあちゃんはそう言ってくれるだろうと思って、正直に話した。
東京には憧れがあったけど、同じくらい恐怖も感じてたから。
止めてもらいたかったのかもしれない。
けれど、おばあちゃんは
「そりゃあ、えがったなぁ」
と肩を揺らして笑い、私の掌をシワシワの手で包むと、
「がんばんだよぉ。ばあちゃはいつもお前を応援してっから」
優しく笑って、半分泣いていた。涙は見えなかったけど。
そして、私は春から東京の人になった。
1DKの小さなアパートを借りた。私の小さなお城。
この街で、東京で頑張って、夏休みにはお土産を持っておばあちゃんのところに帰るんだと思っていた。
だけど、今年の夏は帰れない。
私にはやらなくちゃいけないことができたのだ。
夏、私は歌舞伎町のキャバ嬢になっていた。